毎年2月19日は上岡観音の絵馬市

埼玉県内の東武東上線「東松山」駅とJR 「熊谷」駅を結ぶバスのルート上で「上岡」バス停からすぐの「上岡観音 妙安寺」は、馬頭観音を祀るお寺です。

馬頭観音は馬をはじめ家畜を守ってくれる仏様。また、馬は乗り物でもあることから、交通安全のご利益があるとも。それにしても、すごいキャッチフレーズです。

境内には、至るところに馬が。



お堂の中はもちろん…

屋根の上にも!



絵馬掛けには、競馬漫画の作者さんによる絵馬が。

このお寺は、競馬ファンによる信仰が篤いことでも知られています。

そもそもはこの土地が名馬の産地ということで馬の健康を守る仏様として崇められてきたのですが、転じて馬主さんなどの競馬関係者の参拝も多くなってきたようです。昔から馬を商う馬喰たちの間では、「上岡観音に詣でなければウマカッタと言ってはいけない」とまで言われてきたとか。これまた不思議なキャッチフレーズですが、とにかく馬に関するご利益が強力ということなのでしょう。




お堂の外の壁面を取り囲む幕。馬びっしり。


この上岡観音では、毎年2月19日に、馬の安全を祈る御縁日の行事の一環として絵馬市が行われます。休日であろうとなかろうと、必ず2月19日です。

この日は、境内の馬の像も着飾っています。


絵馬市のお店の様子。出店類は朝10時頃から開始です。


絵馬のアップ。

この絵馬は、持ち帰って馬舎に飾ると家畜の健康と安全を守ってくれるという縁起物。その場で願い事を書いて寺社に吊るしてくるだけが絵馬というわけではないんです。

今では残り少なくなってしまった、地域の伝統を受け継ぐ絵馬師さんによる手描きの絵馬はとても貴重です。次世代またその次世代まで続いていくことを願ってやみません。

2013年現在、馬以外の絵柄としては、牛がありました。かつては豚とトラクター(!)もあったのですが、近年はあまり需要がなくなったので作るのをやめたそうです。絵馬の絵柄に流行り廃りがあるという好例といえます。

絵馬のすぐ隣では、ニンジンを売っていました。


どうするのかというと…




本日の主役、神馬にあげて触れ合えるんです。


準備運動中。馬場のあるお寺というのも珍しいですが、実際に生きた馬がいるのは年に一度のこの日だけ!


ポニーちゃんもいます。かわいいです。

法要に向けて、飾り付けられていく神馬。


神仏が降りてくるための幣を立てれば、神馬の完成です。


ポニーと合わせて計4頭で、お寺の周りを行進。


本坊にて、お供え物を捧げ持つ僧侶様の行列と合流。


中でも印象的だったのは、最後尾のお坊様が恭しく運んでいた不思議な像です。

馬に乗った仙人のような神様でしょうか。

お供えのされた馬の像。


馬と人の行列は本堂前に並び、11時頃に法要が開始されました。馬の耳に念仏…ということはなく、頭を垂れて一緒にお経を聴いているかのような神妙さ。馬持ちさんたちの願いを届けないといけない馬代表としては、責任重大なのかもしれません。


法要が終わると、神馬と白いポニーは神馬舎に入ります。

神馬舎の軒先にも絵馬がずらり。


よく親子と間違われていましたが、違います。ポニーです。まあ細かいことはいいや、かわいいから。


色んな人からニンジンをもらって、ご満悦。がんばれ馬代表。


境内では、だるま市も同時に開催。埼玉県の中でも群馬寄りだからか、高崎張り子のお店でした。

様々なB 級グルメが集まる食べ物の屋台もたくさん出ていました。中でも東松山名物の味噌だれ焼鳥は必食です。他にはこちらもやはり群馬のご当地ものが多かった印象。



農具の市も。かつてこうした生活道具などは、お祭りで市が立ったときにやってくる行商人から買うしかなかったということで、その名残だそうです。

上岡観音の絵馬市は、地元の人たちに代々守られて、昔ながらの形を残している大変貴重な御縁日。今年は午年でもありますし、馬と触れ合ってみたい人や一味違う縁起物がほしい人は、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。明日ですよ。急げ!
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中野区立歴史民俗資料館・絵馬展レポ

中野区立歴史民俗資料館で開催されている絵馬展と、そのギャラリートークやワークショップに行ってきました。

2年前にも同様の企画がありましたが、当時から所蔵していた小絵馬の数は約400枚。それが今回の展示に当たって、年季の入った素晴らしい収集家の方から絵馬やレアな資料などの寄贈を受け、大幅に増えた所蔵絵馬数は実に1200枚以上。全国屈指の、絵馬に強い博物館となりました。また、絵馬の展示というと、絵画の1ジャンルとして寺社で大事に保管されてきた大きく華やかな大絵馬を扱うところが多いですが、そうではなく一般庶民の個人的な願いが込められた素朴な小絵馬をこれだけ膨大に保管・研究・展示している施設は大変貴重です。まさに絵馬好きにはたまらない場所。

会場入口
展示会場入口の様子。スタッフさんが作った馬のキャラクターが可愛いです。

拝み絵馬製作過程

手描きの拝み絵馬の製作過程を10段階以上に分けて見せる展示も。こういった絵馬は、代々伝わる型を当ててステンシルのように何段階か塗り重ねてから、細かいところを手描きで加えて作られています。

各地の小絵馬は、絵馬の元祖というべき馬の絵、祈願者の分身として拝む人物を描く拝み絵馬、親子の姿や豊穣のシンボルなどを描く子宝・安産祈願の絵馬、病気平癒、その他様々な願い事の絵馬と、大きく5つに分けて展示。その中で、ちょっとイイなあと思うのをご紹介してみます。

拝み少女
拝み絵馬の中で一番かわいかったもの。女の子が可愛いのもさることながら、絵馬の中で絵馬を持ってるところにぐっときました。いっそ無限ループしてほしいぞ(笑)。

白なまず(福岡)
「なまず」とよばれる皮膚病の平癒祈願。色が白いのには、美肌になりたい気持ちも入っているかもしれませんね。それにしても、表情が愛らしすぎます。今回のゆるキャラ度ナンバーワン。

しゃくし
「杓子(しゃくし)」の絵を描いて、「癪止(しゃくし)」と駄ジャレで祈願。昔の絵馬を見ていると、現代の絵馬の世界では忘れられているような駄ジャレが色々と発掘されて楽しいです。

土佐の障子絵馬
土佐名産の和紙の障子紙を木製のフチに張った、珍しい障子絵馬も。破れやすそうな素材にもかかわらず、今から75年も前のものがこんなにキレイに残っているなんて感激!


昭和から現代までの、枠がなかったり印刷だったりする絵馬も、壁一面を使ってたくさん展示されていました。その中でも面白いのが、「郵便絵馬」というもの。

郵便絵馬
右のほうに「はがき絵馬」って書いてあります。実は昭和初期には、こういった絵馬をポストカードがわりに、裏に切手貼って宛名やメッセージ書いて、そのままポストにポンで送っちゃうというのがブームだったそうで。

はたはた
各地の名物や、名所の情景を描いてあるものが郵便絵馬には最適。

こけし
こういうのとか、どんどん送っちゃうといいと思うんだ。こけしブームだし。(この絵馬と全く同じものが今も売られているかはちょっとわかりませんが…ゴメンナサイ。でも探せば似たようなのはあるかも!?)

いずれにせよ、どこか旅行して神社仏閣に行ったときに、ちょっとイイ感じの絵馬が売ってたらポストカードがわりに送ってみたりすると、なかなかサプライズな感じでオサレなんじゃないかと思います。横14㎝くらいの一般的な大きさの絵馬なら、120円切手を貼れば普通に送れちゃいますよ。

中野区立歴史民俗資料館でも、午年だし、そのまま年賀状として送る用の絵馬を作っちゃえ~!な「絵馬風年賀状作り」ワークショップが行われました。絵馬風っていうか、まんま絵馬なのがミソです。めざせ郵便絵馬復活。展示されている馬の絵馬をいくつかコピーしたプリントを使い、好きな絵柄を選んでトレース→色塗り、という感じで作ります。

馬(茂原)
私はこの茂原の絵馬のコピーから作ってみました。


こんな感じで、できあがり。筆のコントロールが悪いのは気にしちゃダメだ。
量産してたくさん送るなら、シルクスクリーンや消しゴムはんこで作ってみるのもアリですよ。お年玉付き50円切手とプラス70円分を貼って、いざ送りまくるのだっ!


さて、ちょっと脱線しましたが、今回の絵馬展、一番の見どころは何と言っても、カラフルで楽しい、しかもレアな資料類です。なぜレアなのかというと、すべてのページが手描きだったり、とても細かい多色刷り版画だったりして、一冊につき、せいぜい20~30部くらいしか作れなかったからだそう。

宮尾しげを絵馬集
上は「宮尾しげを絵馬集」。大正~昭和初期に活躍した漫画家の宮尾しげを氏が、相次ぐ戦災で古くからの絵馬や資料が消失していく中、全国の絵馬師をたずね歩いて、絵馬師自身にページに直接絵を描いてもらったもの。自らも家が焼けたりする苦難の中、こうして絵馬の伝統を残そうとする行動力に脱帽ものの、凄まじく貴重な資料です。

もうひとつは、「田中緑江絵馬図集」。
田中緑江絵馬図集・愛知の馬
絵馬そのものの写真かと思ってしまいそうですが、違います。紙に描いてあるんです。
こちらは版画とのことですが、精密すぎてとてもそうは見えず、ただただ驚くばかり。
田中緑江絵馬図集・若狭の拝み
木目などがとてもリアルで、トリックアートばりに目をパチパチしたくなります。とにかくこの人、絵が上手すぎです。
田中緑江は、同じく大正~昭和初期の京都の郷土史家で、こうして全国の絵馬を写し、それをめぐるエピソードを記録しまくったすごい人。もはや絵馬好きにとってネ申といっていいレベルです。
田中緑江絵馬図集・豊川稲荷の賭博断ち
絵馬の絵柄を記録するだけでなく、奉納されたままの状態を写しているというのも「田中緑江絵馬図集」の大きな特徴。上の「博打をやめたい」祈願には、奉納者の性別・生まれ干支が書き加えられています。

今はもうどこにも残っていないこうした絵馬を実地調査できたなんて、収集家・愛好家として超超後発組の私にとってはもう、うらやましくてたまらないんですが、こうした先人の成果に感動するとともに、絵馬へのさらなる興味を駆り立てられました。中野区立歴史民俗資料館の学芸員様方、また寄贈者様方、大変貴重で興味深い展示をありがとうございます。

この企画展は今週末(2013年12月8日)までなので、興味のある方はお急ぎを。
とはいえ、この博物館で1~2年ごとに開かれている恒例企画です。それに年々パワーアップしているようなので、次回はさらに期待できそう。また、毎年ひなまつり近くになると、もうひとつの恒例名物企画「おひなさま展」が行われるので、そちらも必見です。

テーマ : ハンドメイドイベント
ジャンル : 趣味・実用

和しごとなりきり道場・絵馬師

先日10月6日、谷中の大雄寺で行われた「和しごとなりきり道場」に参加してきました。
「和しごとなりきり道場」は、「夢★らくざプロジェクト」様の主催で毎年行われています(←最新情報はリンク先でチェック!)。和提灯絵付職人や書家、落語家、そして絵馬師、などなど子どもたちに伝統的な和の職人芸を体験してもらい魅力を伝えるイベント。

本来、子どもたちしか参加できないのですが、谷中の絵馬だらけな居酒屋「絵馬堂」の羽田仲子さんが講師を務めるということで、特別にお誘いいただいたのです♪

仲子さん講義中・その1
子どもたちに、絵馬の魅力をやさしく語りかける仲子さん。

仲子さんは、絵馬師として、季節の花々やユーモラスな人々など、洒落っ気のあるメッセージをそえた絵馬をたくさん描いていらっしゃいます。画材は絵馬には主にアクリル、紙には顔料だそう。人々の求めに応じて次々と作品を生み出す様子は、まるで現代の円空や仙厓(せんがい)和尚!?エネルギーあふれる仲子さんには、お会いするたび、私も色々な刺激をもらってます。

仲子さん講義中・その2
子どもたちって正直だから、興味をもってもらうのはなかなか大変。仲子さんの絵馬の説明は楽しくわかりやすく、私も見習わなきゃと思うことしきりでした(切実)。

神様に来てもらうには、どうすればいいんだろう?
神様だって、乗り物がほしいよね。だから願いを叶えてもらいたければ、乗り物をあげようって。
車?バイク?昔は馬しかなかったからね。
だけど本物の馬だと、えさをあげたりお世話したり、大変になっちゃう。

・・・そんな感じで、絵馬のはじまりから、願い事を絵にするようになるまでをお話くださいました。

絵馬堂コレクション
会場には、絵馬堂のコレクションも。うっかり私の作品が一枚混ざってますが・・・スミマセンw

願い事とか、ほしいものを絵にするって、どうやって?コレクションの中から、ピックアップ。

すずめ絵馬
すずめにお米を食べにこないでほしいという、農家の人の思いを絵にしたそうです。

野球必勝絵馬
高校野球で勝ちたい! 勝って喜ぶ自分たちの姿を強くイメージ!

こんなふうに願いや夢を絵にして、自分の部屋にかざって毎日見てると叶うんだって!
というわけで、真剣に絵を描く子どもたち。
みんな真剣

書き終わったら、自分の作品と願い事を順番に発表で~す!
犬を飼いたい、ステキなおうちに住みたい、シャチに乗りたい・・・
中には「魔法使いになりたい!」なんて子も☆仲子さんもビックリ!?
でもでも、素直に夢を描ける子どもたちは、みんな小さな魔法使いですよね♪

本当は全部写真つきで紹介したいくらいなんですが、プライバシーの観点からやめておきます。

私も、子どもたちに混じって絵馬を描きました。
屋島のたぬきうどん
これの前日、絵馬堂で仲子さんと「現代的な地口行灯をつくろう!」みたいな話をしていたので、なんかそればっかり考えてたら、こんなんなってしまったという・・・。つくづく大人ってキタナイねw

屋島とタヌキについては、コチラもついでにごらんください。。。

もはや子どもたちにどう説明していいのかわからなかった私。「香川県の屋島というところに行ったら讃岐うどんがとってもおいしかったので、また行きたいなと思ってタヌキとかけてみました・・・」と発表したら仲子さん、「あ~ら、これはおねえさんじゃなくてタヌキだったのね~♪」

えぇ、似ている自覚はありますとも(笑)。


さて、今回のイベントは子ども向けですが、最近は手作りの魅力が注目されていますし、大人だってやりたいですよね!?そんな人に朗報。谷中の「絵馬堂」で、予約さえすればいつでも絵馬の絵付体験ができるようになりました。
絵馬堂看板
絵心なんかなくたって、たくさんの絵馬に囲まれながら仲子さんのアツい絵馬トークを聞いていれば、誰でも何かしら描きたくなってくるはず。ヘタでもいい、ハートのほうが大事なのが絵馬の魅力です。ぜひアナタならではのヘタウマを誕生させちゃってください。

【絵馬堂】
東京都台東区谷中7-6-6 地図
電話 03-3827-7573

絵付体験をしたい方はまず電話予約を。

土日の昼は予約なしでランチをやっていて、そばと麦とろめしがあります。
平日は夜の割烹居酒屋のみ。不定休なので、必ず電話で確認をとったほうが良いです。

「絵馬堂」の外観。
絵馬堂・外観

大絵馬に小絵馬にと、珍しい絵馬だらけの店内。
絵馬堂店内

仲子さんの作品をたくさん並べた一角。
絵馬堂店内
この「絵馬堂」、もとは仲子さんの個人ギャラリーとして使っていた建物。
33年続いたもっと絵馬だらけな居酒屋「祈願堂」をたたんで、2011年9月こちらに移転しました。
過去の「祈願堂」についての記事はコチラ

なんと長谷川町子さんの直筆色紙も!
絵馬堂店内


絵馬堂店内
写真左の馬を描いた大絵馬の下には、絵馬をめぐる民俗学の権威、岩井宏實先生が直筆した絵馬についての概略文が。ハイ、私もこの方の本は色々と参考にさせていただいてマス!

有名人にも愛されている絵馬堂、確実に谷中のディープスポットのひとつです。
絵馬を見たり描いたりするのはもちろん、散策の休憩にも、一度は立ち寄ってみてください!

テーマ : ハンドメイドイベント
ジャンル : 趣味・実用

【特別編】桐生「芭蕉」に絵馬と棟方志功の壁画を訪ねて・其の参

序章

其の壱

其の弐

↑前回まではコチラ

 

かの棟方志功の壁画のみならず、こだわりぬかれた理想郷的空間とそれを彩る絵馬や古民具・民芸品たち、そして何から何まで手作りの美味しいお料理にはただただ圧倒されるばかりでした。

 

そんな「芭蕉」の、それこそ奥の院とも言うべきは、帳場の裏の大きな絵や民具が最も密集した一角を隠れて見守るかのようにひっそりとたたずむ先代店主の部屋。この部屋もまた、入り口はともすれば見過ごしてしまいそうな低くて目立たない引き戸になっています。そっと開けると、中はもう最高密度。

 

↑この障子戸を開くとそこには・・・。 

 

うなぎの寝床のような細長くて狭い部屋には、足の踏み場もやっとというほど、どこを見回してもぎっしりと民芸品・古民具・古い小絵馬のコレクションが埋め尽くしています。

 

 

一番奥には茶の湯関係の書籍がひときわ目につく本棚があり、その手前には先代店主・小池魚心さんの写真が部屋中の愛しい物たちを見渡すかのようにそっと置かれていました。

 

 

さらなる好奇心にとらわれ夢中で見とれていると、ふいに現店主・小池一正さんが起きていらしたとの知らせが!その日は季節の変わり目で体調が思わしくなくお休みされているはずでしたが、ひさしぶりに絵馬談義ができると喜んで、病体を押してお話しに来てくださったのです。壁画の発掘を英断しそこに立ち会った、歴史の生き証人の登場です。

 

↑左が小池一正さん。 

 

ご自身の描かれた絵馬を持って、昔を懐かしく思い出しながら楽しそうに語る小池一正さん。先代の小池魚心さんも一正さんも絵が大好きで、お二人とも本当は美大に行きたかったほどだそうです。店内に飾られた小池一正さんによるあの大作の版画も、擦り師の人選にまで徹底的にこだわった情熱の結晶なのでした。お店のアルバムの中などにさりげなく貼り込まれた多色擦り版画の小品も、すべて小池一正さんの作品です。

 

プロの画家になることこそ叶わなかったかもしれないけれど、お二人の芸術を愛する心は別の形でゆっくりと結実していきました。先代・小池魚心さんの審美眼といったら、棟方志功が無名の頃からすでに大ファンだったほど。ですが、その棟方志功に依頼した壁画を、描かれたその日のうちに、作家本人に知れて失礼にならないよう気を遣いつつ「お店の雰囲気に合わない」と塗りつぶしてしまったのは、もはや有名な話となっています。非常に好きな作家であったにもかかわらず敢えてこうまでするというのは、一流芸術家にも決して負けない、芯の強い美意識を持ち続けていたからこそと言えましょう。つまり、とりもなおさずお店の全体そのものが、それほど強烈な世界観をすでに持ち合わせているということなのです。そのとき壁画の上に漆喰を塗り込めた職人さんも、その55年後に掘り出した職人さんも、どれだけの敬意と情熱をもってその作業をやり遂げたのかということを、小池一正さんのお話からありありと伺い知ることができます。

 

 

↑漆喰で塗りつぶされていた頃、この場所には絵馬をたくさん飾っていたとか。

 

坂口安吾が通い、茶人・職人・学者などからも愛され、最も新しくは現代美術家の山口晃さんが近所に住んでいて子供の頃よく遊びに来ていたというこのお店。今時珍しい土壁の木造建築も、選び抜かれたあらゆる調度品・装飾品も、無数の民俗的コレクションも、そんな人々とのつながりの中で育まれてきました。独特の美意識への並々ならぬこだわりと、その熱い思いのもとに集った文化人・芸術家たちとが互いに結び合い、こうして共に重ねられた百年にも及ぶ時間が、この「芭蕉」という場そのものをひとつの総合芸術たらしめているのです。もっと詳しくは、下の動画で、現店主・小池一正さんのお話にしばし耳を傾けてみてください。

 

USTREAMの動画でお話を伺っています。

ぜひご覧ください。ここをクリック!

  

 

小池一正さんお手製の幻想的な絵馬も、こちらでご覧いただけます。先代・小池魚心さんがよくテレビや新聞などのメディアに顔を出したのに対し、小池一正さんはそういったものに出たことが一度もなく、ご家族の歴史としても貴重な映像となりました。谷中の「絵馬堂」からつながったこの縁を、自分だけのものにしなくて良かったと心から思います。この映像は「旅するスタジオ」さんに録っていただきました。「芭蕉」さん、「絵馬堂」さん、「旅するスタジオ」さん、何から何まで、本当にありがとうございました。

 

収録が終わったあとで、「あきらちゃん、今どうしているかなあ・・・」と山口晃さんを案じる小池一正さん。今でこそ売れっ子天才芸術家の山口晃さんも、ここで思い起こされるのは、建物の興味深い造りや、そこに置かれた数々の不可思議な物たちを、さながら秘密基地のように無邪気に楽しむ子供の姿です。

 

 

この場を辞すにあたり、先代店主の部屋の前を通るとまた、色々な物が飾られているのを見て、はずむ話は止まらなくなります。ここに大量に吊るされ、客席にも一つずつ置かれた鳴り物=音具の数々は、友人の研究者が日本中から集めてきたものだそうです。鐘・鈴・太鼓から、時代劇で侵入者が来るとカランコロンいうあの「鳴子」まで、あらゆるものが揃っています。絵馬も、これはどこの何で・・・とやりはじめると、楽しくて楽しくてきりがなくなるほど。名残惜しいけれど、また何度でも訪れたい場所です。これからも末永く濃密な時空を紡ぎ続けてほしいと願ってやみません。思いっきり楽しんで味わって、先人たちの思いに触れれば、都会の喧噪の中で忘れていた感覚を呼び戻せるはず。そして次の時代を共にするのは、あなたかもしれませんよ!

 

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【特別編】桐生「芭蕉」に絵馬と棟方志功の壁画を訪ねて・其の弐

序章
其の壱

 


 


 


入ってすぐにわかる部分だけでもあれだけ面白い空間だというのに、さらに奥があるなんて「芭蕉」の底知れなさは想像を超えていました。


 



 


帳場と階段を隔てた向こうには、今でこそ鹿威しは止まっているものの「かけひ」があり、さらに奥に階段があったり、隠れ家を思わせる背の低い引き戸がいくつもひっそりとあったり。そして、いたるところに古民具が置かれたり吊るされたりしている様子は、そのさりげなさが田舎のおばあちゃんの家のようでいて、その古さと数や種類の豊富さは民俗学の博物館さながらです。


 


そんなところで、「絵馬堂」仲子さんの描いた桶を発見!躍動感あふれる白い馬が外周にぐるりと何匹も描かれていて、その様子はさながら走り回ったり飛び跳ねたりしているかのようです。


 



↑仲子さんが馬を描いた桶。 


 



「芭蕉」先代店主の小池魚心さんは自身が午年生まれということもあって馬が大好き。お店の全体的なテーマも、馬小舎をコンセプトにしているというこだわりよう。それで絵馬にも関心を持たれたというわけ。現店主の小池一正さんも大の絵馬好きなので、谷中の「絵馬堂」とはお互いに行き来があったのです。


 


桶の飾ってある場所からふと見上げれば、荒々しい筆致で一頭の走る馬を描いた大きな絵馬が。こちらはかつて芸大の学生さんに描いてもらったとのこと。迫力ある一枚。


 


↑二つの大作。左上が現店主の作品。


 


そのすぐ左上をさらに見上げるとまた、馬の往来する賑やかな街並みをモノトーンで丁寧に描いた大作が掲げてあります。よくよく見るとその隅にはK.Kazumasaと銘が入っていて、現店主の作品であることがわかりました。きけば、これは版画なのだそうです。一見すると版画とは思えないほどの繊細さに息をのみつつ、世界のどこかの見知らぬ街への旅に思いは誘われていきます。


 


それにしても、この一角だけでも、馬というイメージへの思い入れの強さと、それをめぐる人々のつながりが濃厚に感じられるのには畏れ入るばかりでした。


 


そしてその奥には、「絵馬洞」と書かれた、どこかのお寺の「奥の院」の洞窟の入り口を思わせるような背の低い引き戸が。頭上に注意しつつ、わくわくしながらくぐります。


 



↑「絵馬洞」入口。


 



↑入口をくぐり、部屋へ至る通路。


 


そして細い通路を抜けると、そこはヨーロッパの山小屋のようでいて古きよき日本の田舎のあたたかな息吹を感じるようなファンタジックな世界。入ってすぐ右脇の台の上には東北のものらしき馬の鞍がでんと置かれ、部屋の真ん中には囲炉裏が構えているものの、造りはあくまで西洋の暖炉部屋風です。


 



↑鞍。


 



↑囲炉裏。


 


薄暗くやわらかい光の中に置かれたランプや木馬が心を和ませます。飾り棚には、馬と人物の織りなすさまざまな情景をあらわした陶製の人形がずらりと並ぶさまも圧巻。もしかするとこの空間自体が、ひとつの大きな絵馬の中ということなのかもしれません。


 



↑「絵馬洞」部屋の様子。 



迷路のように入り組んだ店内では、他の部屋にも「みちのく」などといったタイトルがついていて、すべて入り口は低くなっています。先代も現店主も茶の湯を嗜んでいたということから、頭を低くして入ることで礼の気持ちを起こさせるものとされている「にじり口」という茶室の入り口をイメージしたのでしょう。また、これをくぐることで非日常の世界へと移行することも意図されているように思います。


 



↑「みちのく入口」


 



↑どの個室も入口の扉は低い。


 


 


↑建物の中なのに、独立した一軒の茶室があるかのよう。


 


各部屋には、中国や朝鮮で魔除けにされた十二支石板のうちの馬頭人身の像や、庚申様を祀る厨子といった小さな神様たちも。例によって、それらの両脇には燭台と大きな蝋燭が置かれています。これはとりもなおさず、聖なる空間の演出。素朴な神様のいる理想のふるさと的世界と、茶の湯の「一期一会」という特別な時空を融合させる試みではないかという気がします。


 



↑馬頭観音。


 



 ↑庚申様の厨子。


 



↑庚申様のいる部屋。


 



↑この部屋もまた、茶室風のしつらえ。


 


 


 



↑立体的で複雑な店内。階段の踊り場より。


 


奥の階段を上がると、突き当たりには巨大な羽子板が!


 



 



 ↑階段を上りきって、見下ろした様子。




↑階下にも、なぜか巨大羽子板。


 


低い入り口と高い天井ばかりでなく、こんなところでも自分自身の縮尺感覚が心地よく狂わされていきます。


 


開放的な二階の部屋は、祇園のお座敷を思わせる紅殻の壁。そうかと思えばエキゾチックな布と、床の間に飾られた会津の天神様がまた異次元へと誘います。


 



↑紅殻壁のお座敷風。


 


 


↑会津の天神様と、郷土玩具を描いた額絵。


 



↑こんなエキゾチックな物も所々に。


 


二階廊下の側面の、物置に当たると思われる場所には、馬を筆頭にしたさまざまな民芸品がびっしり。店内いたるところに置かれた古民具・民芸品のひとつひとつに「これはなんだろう」という好奇心が次々わいてきて尽きることがありません。


 



↑ぎっしり。 



そんなこんなで隅々まで行きつ戻りつするたびに、次の瞬間ごとに新たな発見が待っていそうな不思議な希望で胸が満たされるようになったら、すっかりこの世界のトリコです。


次回は、そんな奥深すぎる「芭蕉」の最深奥に迫ります!(其の参へつづく)


 


 


序章


其の壱


↑前回まではコチラ


 


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鏑木麻矢

Author:鏑木麻矢
文筆家。現在、初の著書を執筆中。2012年5月から2014年12月まで、㈱H.I.S.公式ブログとして「麻矢の不思議カワイイ!?ご利益モノがたり」連載。現在、当ブログ内にすべて再録。縁起物をこよなく愛する。巷間の多種多様なおみくじを収集・研究中。絵馬コレクターでもある。かつて、仏像マニアのテレビ番組に出たことも。全ては神社仏閣・仏像巡り趣味から始まっている。旅と町歩き・路上観察、手仕事なモノ(郷土玩具、民藝)、美術鑑賞(月に最低2回位は美術館博物館に行くのが癒し)、古風なもの、レトロな雰囲気などが好き。何にせよ、知られざる面白いモノゴトを自分なりに発見していきたいです。他、天然石・鉱石やトランプ・カード等、気まぐれかつ雑多な収集癖あり。以前、下手の横好きでオペラを習ったこともあったり(今も観賞大好き)。何でもとことんハマるのが生き甲斐(悪癖?)。

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