伏見の長建寺、宝貝といえばアレ!

水運と酒造の町・伏見にピッタリの弁財天をまつる、豊臣秀吉の信仰も篤かった長建寺。
前から色々楽しげな感じで気になっていた所です。

楼門

まずはこの竜宮造の山門。これがあるだけでも、民間信仰的ハデハデ感がいよいよ盛り上がってまいります。写真を拡大してよくみるとギリギリわかるくらいなんだけど、門を入ってすぐの足元にコンナ立て札が立っています。「山門迎福 この門を通るだけでも福がくる。弁財天におまいりすることによりどんなに、ご利益があることでしょう。」いきなり、なんというかコテコテな情熱が満載です。

柴灯護摩行場

門を入るとすぐに、柴灯護摩(屋外での護摩)をたくスペースが。柴灯護摩というのはもともと修験道に特有のもので、新宗教や霊能者など民間の宗教者にも広まっていきました。そんなところからも、何やらごちゃごちゃっとした庶民的な雰囲気が感じられます。

さて、まずこのお寺で気になっていたのは、おみくじ。
まあ、たまたま本で知ったからだけど、実際に境内を見ておどろきましたよ。

おみくじ舎
↑クリックで拡大!

「おみくじ舎」なんて設備は初めて見たぞ。似たような役割のもので単なる屋根つきボックスみたいのは割とどこにでもあるけど、ここのはやけに立派な「建造物」。「幸福」の提灯が妙に直球で笑えてくる。よくわからないけどとにかく気合が入っているということはよくわかります。「お金を入れるのを忘れずに」とか書いてあるのがまた、どちらかというと大阪の寺テイストです。ここ、京都やけどね。で、おみくじの中身はこんなん。

おみくじ
↑クリックで全部読めます!

手書きコピーです。今時いとおしいくらいに、オリジナリティありすぎ(笑)。
こちらのこれまたナイスな手作り感あふれるパンフレットにも、おみくじの紹介が。

パンフレット
↑クリックで拡大してツッコミ!

ナウ~いですか、そうですか。昭和だなあ。ていうか、貝と具を間違えるのはどうかと思うんだ。昔、ハウス「カリー工房」のCMで「具が大きい」を小学生がお習字で「貝が大きい」と間違えちゃうCMあったよね(これも昭和)。

さて、もひとつ、というか、ある意味この寺で一番有名かもしれないのが、「宝貝のお守り」です。ええ、「宝貝」と言った時点でピンとくる大した妖すぃ~センスをお持ちの方もあるかもしれませんが(笑)。ソレげなお守りでございます。

のーがき               宝貝のアレ
↑能書きです。クリックで拡大してツッコミだ!

[ピー]を象った全体の中、さらにその中の[ピー]をムリヤリ五輪塔で表しています。そしてどう見ても[ピー]にしか見えない部分を「古代大河の流れ」とのたまっているあたりが最強にぶっ飛んでて素敵。このプリミティブかつ宇宙的で壮大なスケールは案外、海外のセクシュアリティ系アーティストなんかにウケるかもしれませんよ。インテリな外国人へのウィットに富んだお土産にいかが?ちと高いけどキーホルダーバージョンもあるよ。他に、男性のソレ形の鈴もありますが、この宝貝にはインパクトとして全然かなわない感じです。いやいやまったく、これだけでも来てみた価値は充分すぎ!


周辺は酒蔵の町で、とってもいい町並みでした。

酒蔵

長建寺の向かいの川には、十石舟。遊覧船に乗ることもできます!

十石舟

で、これが寺田屋ね。見学時間過ぎてたから中入れなかったけど。

寺田屋

龍馬通りというイイ感じにレトロな商店街もあったりします。

龍馬通り1龍馬通り2
龍馬通り3

最後に、ちょっぴり珍スポット。
この酒蔵の町には、色んな酒造メーカーの記念館や資料館があるんですが、黄桜の「かっぱ資料館」というのもあったので入ってみました。
入ってすぐの部屋は、あのセクシーなかっぱの絵の原画がたくさん展示されていたり、CM集が上映されていたりします。が、その奥の部屋に一歩足を踏み入れると・・・


かっぱ資料館
いきなりUMAな感じ。
全国の河童をモチーフにした民芸品のコレクションがあったり、各地の祭りや伝承を紹介するパネル展示があります。妖怪マニア垂涎。これまた、怪すぃ~ですよ。伏見に行ったときは、立ち寄ってみるとだいぶ横道にそれた感じがして面白いかもしれません。







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ふたたび、聖林寺十一面観音。

 関連記事→ 仏像に恋した一人の男の話 

 上記の記事でも書いたが、この仏像は本当に、とらえどころが難しい。実際に一度訪れて見たならば、よくある図版の写真とのあまりの違いに衝撃を受けるはずだ。図版だけでは正直なところ、まあなんだ、こういう顔か、それに肩こりしそうな硬い姿勢だな、というくらいの印象しか持てないのだが、生でみると、これはこうだ、という視線があまりにも定まりがたい。そして、それ以上に、やわらかで軽やかな動きを感じることにおどろく。もちろん、仏像の割に目鼻立ちが案外はっきりしていないだとか、そういったような原因はあるのかもしれない。だが逆にそのことが、見る者の一瞬一瞬の息づかいに合わせていくらでも姿を変えるという無限の可能性をこの像に与えている。

 強いて言うなら、昨日、三井美術館の「奈良の古寺と仏像」展のショップでたまたま目にとめた写真集の表紙に使われている写真は、あのとき私が抱いた印象に一番近いと一目で思えた。



極楽園 三好和義

 それはどうやら、この写真集をひととおりながめてみればわかることだけれど(ていうか高すぎて立ち読みしかできないのが悔しい!)、巻頭で玄侑宗久さんが推薦文に書いているように、「仏像たちがふと油断した一瞬」をとらえているからだ。道理でそこには、私がみた、まるで常にどこか動いていて静物としてはとらえきれない姿のかけらがうまく切り取られていた。そしてその写真の顔の表情は、仄暗くどこまでもやわらかい。

 今これを書くにあたって検索してみて知ったことだが、この三好和義さんという人は、べつに仏像写真家というわけではない。どうも「楽園」というテーマで、南の島や聖地などを撮り続けているようだ。四国巡礼なども取り上げているあたりから、何だかダイナミックで生き生きとしたユートピアの姿が想像できる。そんな作者の視点だから、やはり静物としての仏像ばかり見ているのとは違ってくるのだろう。よくぞまあ、ここまでやってくれたなと思う。そのくらい、この観音はとらえどころがないと私は感じている。

 私は以前、仏像ブームの頃には、ご多分に漏れず仲間うちで冗談めかして仏像を語ったりもしていた。だが、この聖林寺の十一面観音を生でみた日には、そう言った種類の想像は微塵も出てこなかった。こんなことは初めてだ。とにかく、この衝撃を説明するのは難しい。上にリンクした長い散文が、私にできる精一杯の表現だった。何か、この観音が、中途半端な言葉を許してくれない気がする。どうやったって、遊び心を交えて語るということがしっくりこない。

 そう思ってふと、いとうせいこう・みうらじゅん「見仏記」のページをめくってみる。するとどうだろう、みうらじゅんさんは「この人の顔、描きたくなるねえ」と言いながら、実際には後ろ姿しか描いていないではないか。それだけ、この仏の顔をわかりやすく的確にとらえるのは難しいということだろう。

 実はかく言う私も以前、この仏像を図版でしか知らなかった頃に、半分冗談で「どことなく白洲正子さんに顔が似ているなあ、人は自分の顔に似ている仏像をイチオシしたくなるものかねえ」などと言ってみたことがある。今なら言える。それは違う。観音像がではなく、むしろ白洲さんがこの観音をリスペクトするあまり、年取るほどにだんだんと似てきてしまったのではないか、なんて思ってみたくなる。

 本当に、それくらい強烈な、不可解な魅力をもつ仏像なのだ。思いがけず私の魂の仏像ベスト3の座をいきなりかっさらっていった、超有名で歴代の文化人によるイチオシも多い割にはキャッチーな人気とかけ離れたところにいる孤高の存在。そんな聖林寺の「あの」十一面観音に、こんなもんかなんて思わないで、ぜひとも会いにいってほしい。仏像って、ナマで会って初めて本性に気付くことが驚くほど多いんだから。

奈良に謎のピラミッド!?

頭塔がみえてきた

奈良の春日大社参道入り口から高畑方面に向かって歩くと、旅館や長屋の立ち並ぶ一角に突如として現れる奇妙な光景。なんじゃこりゃ。なんだかアステカあたりのピラミッドに見えなくもなかったりする謎の土塁。

頭塔


実はこれ、「頭塔(ずとう)」と呼ばれる遺跡なのです。

まあいずれにせよ怪しい場所にはちがいなく、「頭塔」という名前の由来は、そのむかし藤原広嗣という人の怨霊に祟り殺された興福寺の玄僧正の頭がどこからともなく飛んできたのを供養したからだと言われています。

調査研究の結果、この説には歴史的な根拠は全くないそうです。

こんなふうに発掘・整備が進む前は、こんもりした小山に木が鬱蒼と茂り、石仏が埋もれ、ところどころに五輪塔が置かれていたようなところですから、それはそれはこんな伝説が語られてしまうくらい禍々しかったことでしょう。

なお、石垣は半分くらいは史料をもとに復元するとき補ったもので、屋根瓦は単に石仏を雨風から保護するため便宜的に取り付けてあるものです。石仏はすべて天平時代のもので、どれも顔とか丸っこくて可愛らしかったりします。

頭塔石仏


それにしても、事情はどうあれこのピラミッド型、なんだか子供の頃にテレビの不思議特集か何かで見た、世界各地に分布する謎のピラミッドなんと日本にも!みたいのを思い出して、どうしても童心に帰ってしまいます。そんなテレビを見てから何度も、近所の裏山に隠された異次元に通じるピラミッドを探検する夢なんかよく見ていたものです。そのイメージがちょうど、こんな感じの石造りだったものだから、なんだかデジャ・ヴュな気分。

そうでなくても、さまざまな時代がひとつの土地で交錯する奈良町に忽然とこんな奇妙な形の遺跡がある、ということだけで充分に不思議な気持ちがしてきます。奈良における美の本質は滅びだ、なんていうようなことを入江泰吉が言ってましたが、ひたすら時間だけが堆積してただの藪になってしまった場所に、思いがけず遠い昔に滅び去った天平時代への扉があったりする。また改めて書くかもしれないけど、奈良町というのは数メートル歩くごとに誰でも時をかける少女になってしまうような町です。そんな中にこの頭塔があるということに、やはり何か異次元への入り口を感じずにはいられなかったりします。

ところで、この頭塔、東大寺開山の良弁僧正の命によって造営された、インドのストゥーパを模した仏塔だということがすでにはっきりとわかっているということです。この点は、謎でも何でもなく。べつに呪いのスポットとかでもないです。石仏には、華厳経の世界観が表されていて、立体曼荼羅的表現のさきがけと言われています。

完全に復元すると、こんなふうになるらしい。

頭塔復元


それはそれで禍々しいというかなんというか。

宗教系珍建築の走りのような気もしまくりです。 しかも奈良時代だぞ。先走りすぎ!

いずれにせよ、色んな意味でミステリアスな場所にはちがいないとゆーことで。ハイ。

ファンシイダンスを読んだら禅寺見学しよう!

昨日、ふと思い立って鶴見の総持寺に行ってきました。駅からすぐで、なんかバカでかいけど、建物もほとんど近代だし、仏像鑑賞って感じでもないし、一見ごく普通の寺という印象。ですが、ここは曹洞宗大本山、永平寺の次にでかい禅寺。丁寧に見ていけば何かしら発見がある、はず!と思っての再訪でした。

三門を入るとすぐに総受付があり、一時間おきに内部拝観を受け付けています(最終は3時、400円)。この表示が目立たなくて、昨年の春ぐらいに知人と来て境内をさっと歩いただけの時には気付きませんでした。受付はオフィス風になっていて、若い雲水さんが10人くらい詰めています。こ、これはまさに岡野玲子の漫画「ファンシィダンス」の世界!?





ファンシィダンスは、80年代バブル期の目立ちたがり屋オシャレボーイな主人公が実家の寺を継ぐために彼女を娑婆で待たせつつ禅宗の大本山で修行し、厳しいながらも俗世の縮図のようなお寺ライフの中でしなやかに成長していくさまが赤裸々に描かれている漫画です。劇中では大本山は「浮雲山明軽寺」となっていますが、かなり永平寺っぽい(笑)。綿密な取材にもとづいているようで、その修行の様子はものすごくリアルです。それが話題を呼んで、映画にもなったほど。



ですが、それはこの漫画のほんの一面にすぎません。真骨頂はやはり、主人公たち修行僧がその特殊な世界と折り合いを付けていく様子の、どこまで本当なのかと首をかしげたくなるほどの赤裸々っぷりです。仲間同士でからかったり愚痴を言い合ったり、いかにして禁止されている食べものなどをこっそり入手するかに知恵をめぐらせたり、先輩僧侶とダマし合いをしたり、ときにはハメをはずしたり。そんな様子がまるで学校の体育会や一般組織のようなリアリディを醸し出しています。

以前何かの雑誌で読んだ日蓮宗のお坊さんのエッセイでは、荒行をすると無になるどころか剥き出しの我が現れてくるなんてことが語られていましたが、まさにそんな感じ。修行中に普通に死者が出る日蓮宗の荒行では食事も極端に少なく、たくあんの大小で喧嘩が始まったりするのもしょっちゅうだそうで。その荒行の内容の公開は禁じられている中で、しかも悟りだ無我だとカッコつける坊さんが多い中で、こんなことを正直に一般の寺社観光雑誌に書いてしまうこの方は本当に素晴らしいなと思いますが(すみません、今となっては本のタイトルも誰だったかもわからなくなってしまいました、情報求ム!)、宗派や修行の内容・形態によって色々と違いはあるにせよ、どうやら修行僧の世界って、本当にむしろエゴの縮図らしいのです。ただ、そんな現実をいかにしなやかに生き抜くか。それこそが、一種の悟りとも言えるのかもしれません。

ファンシイダンス劇中のひとつのキーワードであり、大本山の名前にもなっている「あ・かるい」というフレーズ。いかにもバブリー80年代という雰囲気はありますが、そこから出発して、またその同じ現実へ、全く違うまなざしをもって、心を開いて、戻っていく。そんな感覚を主人公と一緒に味わえることが、この漫画の本当の醍醐味だと思いました。それに、ほどよい腐女子テイストと作者の物事ナナメに見る視点が魅力です。岡野玲子さんは、実はファンタジーじゃないほうが面白いかもしんない。2巻の途中までの前振りが冗長なのがタマに傷ですが、投げずに読む価値はあります。なにしろ、この漫画で私の禅寺を見る目がかなり変わりましたから。

というわけでだいぶ脱線しましたが、総持寺の話に戻ります。禅宗大本山というのはとにかくだだっ広くて、迷路のようなので、内部拝観は必ずガイド付きになります。今回案内してくれたのは、20代後半くらいの割とガッチリしたお坊さんでした。私たち拝観者も、寺の建物の内部では修行僧のしきたり通り、彼の後ろについて一列で左側通行します。そして決められたポイントでは一緒に礼拝。

最初に全体的な説明を受けたあと、すぐにとても長い廊下に出ました。これは百間廊下といって、もとは石川県にあった総持寺が火事で全焼したあと1911年に横浜市鶴見に移転する際に、メインの大きな建物を2箇所に分けて長い廊下でつなげば万が一どっちかが燃えても全部パーにはなりにくいという発想からできたとのこと。百間廊下の途中の、段になっていてすぐ脇の外の地面に降りられるようになっているところで、「廊下の側面と表面を見比べてみてください」とガイドのお坊さん。表面はどこまでもツルツルピカピカ、側面はボロボロのゴワゴワ。それは一日二回の拭き掃除の作務が40年続いた結果だそうです。ひゃあぁ、すごいっ。

百間廊下を抜けると、今度は廊下の左側にいきなり若い雲水さんが5人くらいずらっと並んでいて、何事かと思いました。雲水さんたちは私たちの先頭の雲水さんにはもちろん、私たちにも次々と一礼してきたので、私たちも思わずペコペコ。一体その先には何が!?私たちが通り過ぎると、その一団は一列に並び歩いてどこかへ行ってしまいました。案内の雲水さんが指し示す先には、古びた大きな木造の戸口が。「ここから先は僧堂になります。修行中なので中の様子は見られませんが」と言いつつも、戸口を開けて入り口だけ見せてくださいました。するとそこには、通路の壁づたいに縁先のような狭いスペースがあり、その上には座布がずらり。ファンシィダンスでも見覚えがあるこの光景はもしや・・・そう、まだ入門を許されていない雲水たちがそこで座禅しながら許しを待つところ。戸口の脇には木製の鳴り物も据え付けられており、打たれ続けて真ん中が丸く擦り減っているあたりに、年季が感じられます。

大雄寶殿 あの玄関 僧堂の外観


他には、法要中とかで入れないお堂も多かったですが、修行の様子のパネル写真が展示されている地下の廊下を歩いたり、一番偉い禅師様の居室がある迎賓館的な建物の襖絵に圧倒されたり。左の写真は中国から移築されたお堂「大雄寶殿」。今は扉の穴から中を見られますが、昔は非公開で、与謝野晶子が懇願して開けてもらった際に石造の床の鏡のような輝きに大感動したそうです。一番右のは修行に使うお堂。真ん中の写真は、上山したてホヤホヤの雲水さんが立ったまま3時間くらい待たされるという玄関口です。これもなんだか、ファンシィダンス読んだ後だと情景が目に浮かんでしまうっ。最後に、入り口近くまで戻ってきて自称木造日本一という像高180cmの大黒天像に一礼。この場所は食事を作る典座寮(てんぞりょう)の真裏に当たり、また僧受付の入り口正面に当たるため、台所を守ると同時に訪れる人の幸福を願って作られたそう。この正面の玄関には、柱と間違えるくらい巨大なすりこぎとしゃもじも据えられていたりします。この辺りは内部拝観するまでもなく見える場所とはいえ、言われないとなかなかわからないかも。

ここでとうとうツアー終了、と思いきや、一緒にいた拝観者の一人が、案内の雲水さんに「あなたは上山して何年になりますか」と質問しました。すると、「二年になります。ちなみに実家のお寺の事情などで早い人もいて、一番短くて半年から9ヶ月くらいになりますが一応は一年が目安です。あんまり早いと檀家から色々言われたりするので(笑)。」との答え。そして「修行はきついですか?」と続けて質問されると、「私は上山当時、体重が110キロありましたが、2ヶ月後には20キロ減りました。まあ娑婆での生活がよほど悪かったんでしょうねえ・・・」ってどんだけよ(涙)。そういえばこの人、案内の途中にも一度、自分の衣の袖を踏んでしまったりしてました。もしかしてサイズは当時のまま・・・まさかね!?そんな感じで、微妙な空気の中、お礼を言ってツアー終了となりました。

そのあと一人で境内を散策し、一番大きなお堂「大祖堂」に外から入ってみると、ちょうど雲水さんたちが「殿行(でんなん)」の練習中。「殿行(でんなん)」とは、お勤めのときに一組19㎏もある経典をスタイリッシュに運ぶ役目。ファンシィダンスでは主人公がそのかっこよさに憧れるも、いざ自分にその役が回ってくると超体育会系なしごきと全身の筋肉痛に悪戦苦闘、なんてエピソードもあります。これもまた、あのシーンが目前にありありと・・・という感じで、心の中で「がんばれ~」と叫びながらついつい見入ってしまいました。ビシッと号令がかかったり、先輩の指示に全員そろって大声で返事したりと、たしかに体育会系。季節によって行事なども違うので、もしかしたらその時々で色んな様子が見学できたりするかもしれません。それと、帰り際にはなんか酒屋の出前のスクーターが迷ったように境内をうろうろしているのを見つけました。これも誰か修行僧がこっそり出前とったりでもしたのかな、なんて想像してしまったり。

今回わかったのは、ファンシィダンスを読んでから禅寺を見学すると、何倍も面白く見られるということです。それに、こんなに近くに生き生きとした本格的な禅寺があるということが、ささやかな発見でした。つうわけで、レッツ禅。

仏像に恋した一人の男の話

聖林寺前の坂道 聖林寺門前より三輪山を望む 聖林寺山門


 一時間に一本来るか来ないかのバスを降り、田を少し横切ってから坂を登ると、三輪山とその周辺一帯を一望できる小高い丘の上に聖林寺はある。白壁の質素な山門を入ると、さるすべりの花が寂しい山あいの景色にそっと紅を添えている。まるで田舎の大きな古い家のような寺だった。狭い庭を抜けて玄関を入り、本堂では家の主のようにどんと座った巨大な石の地蔵に挨拶してから、こじんまりとした回廊をさらに階段で上がっていく。その先には、かの十一面観音のおわす部屋があるのだ。

 部屋に入ると、ガラス板の反射がきつい。その向こうに、観音は我関せずといった風情でたたずんでいた。私はおどろいた。写真だけでなら何度もみたことのあるその顔の、あまりのとらえどころのなさに。そこには言い知れぬ暗さがあった。どんなにこちらが視線を容赦なく浴びせても、そのすべてが深い闇の底に吸い込まれて消えてしまうような奇妙な感覚だ。どんなにその姿をこの目に焼きつけようとしても、はるか深淵を見つめる観音の眼差しと自分の視線が行き会ったとたん、その試みは虚しく霧散せしめられる。しかも、この幾重にも折り重なる陰影は、決して重苦しいものではない。今まさに虚空の彼方から舞い降りてきたかのような足先と天衣の裾は、単に物質としてそれがあるという重さを微塵も感じさせない。そして、今ここで生きて動いているのかと思うほどに、これまたとらえどころのない右手の指先が、この世ならぬどこかへそっと手招きしている。ガラス一枚隔てた先は、別次元のようだった。

 そんな不思議な感覚をしばらく味わっていたところ、突然、背後からゼェハァゼェハァと激しく息せきを切る音がしてきた。振り返ると、ひとりの老人がとても苦しそうに、しかし穏やかに「こんにちは。」と言った。私は思わず「大丈夫ですか?」と訊いてしまった。「ええ、もう年ですから。」と答えた小柄な老人は、こざっぱりと整えられた混じりっけの無い総白髪で、深緑と紺色がベースの地味なチェック柄シャツにチノパンというラフな格好ながら、上品な物腰であった。そしてその瞳は、やけに澄み切っていた。ガラスのこちら側は、その老人と私の二人きりだ。私たちはまたしばらく、それぞれのやり方で観音を見つめていた。

 「ここの観音さん、なんだか癒されるでしょう。」ふと老人が話しかけてきた。「そうですね、なんだか不思議な感じですね。」私は答えた。「ええ、いくら見ていても飽きないでしょう。」そう言った老人は、なぜだかとても満たされたような、あまりにも優しい声だった。「本当に、そうですね。」私は、ごく自然にそう答えるしかなかった。二人はまたそれぞれ、飽くことなく観音をながめ続けた。

 「ねえ、観音さんって、女の人なのかなあ…」不意をついた問いかけに、私は困ってしまった。もちろん、単に仏像の性別についてということなら、型どおりの説明をすることはできる。だが、なぜだかわからなかったけれど、それはためらわれた。私は柄にもなく「ええと、んー、と、どうかなあ…」などと一通り口ごもったあと、照れ笑いをしながら黙ってしまった。すると彼は、語りはじめた。「私はね、2・3年に一遍、ここに観音さんとデートしに来るんですよ。」私は、何かハッとした。少しだけ間をおいてから、彼はまた口を開いた。「それでね、いつも二・三十分は、こうしてずっと見ているんです。」これ以上、何を語る必要があるだろうか。私はこのとき、彼がここに入ってきてから今までのことが一度に腑に落ちた気がした。

 時間の許す限り、ふたたび観音と向かい合う。すると今度は、あらゆる感情を吸い取ってしまう限りなく優しい闇のおもてに、小さくぽってりとした唇と左手に捧げ持った花が、すうっと浮かび上がってきた。この暗さと深さ、そしてやわらかさ、ああ、女性にちがいない。バスの時間が迫っていたので、「ではお先に、ごゆっくり!」と、私は部屋を後にした。名残惜しく立ち去りがたい思いと、ここはあえて立ち去らねばという思いが、一瞬交錯するのをおぼえた。彼はガラスの向こうの観音と二人きりで、どんな世界をみるのだろう。そして、彼はあと何度、「彼女」と逢えることだろうか。そんなことを考えながら、私は帰り道を急いだ。
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鏑木麻矢

Author:鏑木麻矢
文筆家。現在、初の著書を執筆中。2012年5月から2014年12月まで、㈱H.I.S.公式ブログとして「麻矢の不思議カワイイ!?ご利益モノがたり」連載。現在、当ブログ内にすべて再録。縁起物をこよなく愛する。約20年来、巷間の多種多様なおみくじを自らの足で歩いて独自に収集・研究中。絵馬コレクターでもある。かつて、仏像マニアのテレビ番組に出たことも。全ては神社仏閣・仏像巡り趣味から始まっている。旅と町歩き・路上観察、手仕事なモノ(郷土玩具、民藝)、美術鑑賞(月に最低2回位は美術館博物館に行くのが癒し)、古風なもの、レトロな雰囲気などが好き。何にせよ、知られざる面白いモノゴトを自分なりに発見していきたいです。他、天然石・鉱石やトランプ・占いカード等、気まぐれかつ雑多な収集癖あり。以前、下手の横好きでオペラを習ったこともあったり(今も観賞大好き)。何でもとことんハマるのが生き甲斐。

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